錦鯉

錦鯉

日本国内をはじめ、海外からも注目を集める”泳ぐ宝石”


お話を伺ったのはこの方

間野和一さん

株式会社和泉屋養鯉場取締役

錦鯉と牛の角突きが大好きで2年前まで小千谷振興協議会会長を務めた。日焼けした笑顔がたくましい。71歳。


「地元の宝を作る思い。錦鯉の聖地・東山を目指す」

世界中にファンがいる錦鯉。その発祥の地で祖父の代から錦鯉の養殖に携わる株式会社和泉屋養鯉場取締役の間野泉一さんにお話を聞きました。

――錦鯉に興味を持ったきっかけは

間野さん

農耕機のない時代に父が農作業のための牛や馬を売買する家畜商 「馬喰 (ばくろう) 」 をやっていたので家には牛がいて、祖父が錦鯉を扱っていたから錦鯉もいて。物心ついた頃には錦鯉と牛が大好きでした。小学校の頃から木桶に錦鯉を入れて山から担いでくる手伝いをしました。祖父が錦鯉を始めた明治の初期頃は道楽者扱いだったそうです (笑) 。

― ―東山の錦鯉が有名になった理由は

間野さん

大正3年に上野で開催された 「大正博覧会」に東山村村長が中心となって新潟県産の鯉を出品しました。当時は 「変わり鯉」 という名前。幼少期の昭和天皇がたいそう気に入って変わり鯉から離れなかったので8匹献上したと聞いています。それから全国的に 「越後の変わり鯉」 が知れ渡りました。

― ―今は世界中からも注目を集めています

間野さん

雪がたくさん降るこの地域は雪のおかげで土地が肥えている。この土が鯉を養殖する上で重要です。昔は棚田の1番上に池を作って水を貯めて稲作に使い、錦鯉の稚魚を育てました。田んぼの中の微生物が稚魚の餌。秋になると田んぼの水が少なくなり、稲も実ってくるから錦鯉を取り上げる。東山ではこのやり方で錦鯉を育ててきました。東京オリンピックが開催された高度成長期には首都圏から錦鯉の注文が増えて、この地区のどこの家でも錦鯉を飼っていました。

― ―現在はどのようなやり方で育てていますか

間野さん

養殖というと狭い場所で、ごちゃごちゃした状態をイメージするようですが全く違います。春から秋に野池で1反に5〜6匹ぐらいでゆったりと育てます。自然豊かな山の池での養殖は東山だからこそ。こうしたこの地域に伝わる棚田・棚池を活用した農業システムが日本を代表するものとして認められ、平成29年には「雪の恵みを活かした稲作・養鯉システム」として日本農業遺産に認定されました。

― ―錦鯉の養殖の魅力は

間野さん

自分だけの錦鯉を作ることができる。新しい品種を生み出す面白さがあります。うちが得意とする「山吹黄金」は海外で大人気。うれしいです。

― ―これからの夢を教えてください

間野さん

平成16年に起きた新潟県中越地震とコイヘルペスウィルスの影響で多くの人が錦鯉の養殖を辞めてしまいました。辞めた人の池を我々が引き継いでいますが、最近は検査の対応も大変です。それでも続けているのは、地元の宝を作っているから。東山が 『錦鯉の聖地』と呼ばれることを目指し、ほかの生産者たちにも「新しい品種を成功させて世界中に東山の錦鯉をアピールしよう」 と話しています。

錦鯉の生産

3月〜5月上旬
野池の準備

5月下旬〜8月
採卵、稚魚の生産、選別。
稚魚を野池に放養して育成

(9月〜11月)
育成した錦鯉を「池上げ」。
一部は品評会に出品

(12月〜2月)
加温した室内設備で飼育・管理


錦鯉のせり市

「船」と呼ばれるケースに入って、セリ会場内の流れてくる錦鯉。「2,000両!3,000両!」セリ市会場内に響く、「番台」と呼ばれる競り人の威勢のよい声。ここでは、集まった仲買人や愛好家たちが模様の美しさや成長を見定めながら、次々落札していく様子を見学することができます。
※せり市の公開は現在のところ、本ツアー限定です。


JA越後おぢや錦鯉市場へのアクセス

小千谷市南荷頃3396

TEL 0258-59-3440

4〜11月の金曜定例開催
(7〜9月は休みあり)

関越自動車道小千谷IC下車20分